出典:本レポートは note.com の Rena 氏(@rena_fr)執筆のマガジン「THE TRACK Australia 2025」を、著者の許諾を得て転記しています。再利用時は必ず原典 URL と著者名を併記してください。
練習・準備
THE TRACK Australiaって?
ついにポチってしまった。 ずっと気になってはいたものの、520km/10日間という長丁場にビビっておよび腰でいたのだが、ついにエントリーしてしまった。やっちまった。
理由は2つ。
1)世界7大陸のステージレースを全てコンプリートするのが目標で、残すはオーストラリア大陸と北アメリカ大陸。で、オーストラリア大陸で開催されるステージレースを探したが、やはりこのレースしかなかった。
2)1995年1月にワーキングホリデービザ制度での渡豪30年の節目となる年に何かしらのレースを絡めて再訪したかった。
その前にウズベキスタンでのレースがあるので、レース後の体調が気になるところだが、しかし、このレースでは完走を目的とせずに、520km中どこまで行けるのかを目標にする。
主催者
フランスの Canal Aventure 主催。
Continental Challengeとして、Ultra Raceシリーズ(ベトナム、ノルウェー、ボリビア、モザンビーク)とその年に1回限りで開催されるNOMADシリーズ、そして今回のTHE TRACKがある。
開催レースにより日程は2日〜10日、総距離は160km〜520kmと異なる。寝袋、食料など生活に必要なものは全てバックパックに背負って走る自給自足レースである。
今回のレースは総距離520kmを10日間で駆け抜ける、THE TRACKシリーズのオーストラリア編だ。このシリーズはナミビアと交互に毎年開催されているが、再来年(2026年)からこのシリーズの開催地にモンゴルが加わる。
エントリー代
3,300ユーロ(2024/8/17までのエントリーの場合、以降は3,600ユーロ)
デポジットを支払い、エントリー書類を提出した時点で出場が確定する。 ※支払い方法はクレジットカード、もしくは海外送金。一括、分割払い(2回、3回)の選択可能。
レース概要
- 開催地: オーストラリア・アウトバック
- 距離: 520km
- 日程: 10日間・全9ステージ
- 制限時間: 各ステージ10〜35時間
- 累積標高: 記載なし
- 競技形式: 食料自給(全行程、自分の食料を携行)
- 地形: 砂利道・砂地・シングルトラック(細道)
- 気温: 昼間20〜30℃/夜間5〜10℃
- 宿泊: ホテル&テント泊
- 順位判定: タイムまたは距離による評価方式 (制限時間に間に合わずDNFとなっても、レースに残ることができる。順位は、イベント中に走った距離に応じて決定。)
スケジュール
520km/10日間と今まで経験のない距離と日数だ。

- 5月12日(月) アリススプリングス集合
- 5月13日(火) テクニカル、メディカルチェック
- 5月14日(水) Stage 1: 30 km / 10 hours
- 5月15日(木) Stage 2: 41 km / 10 hours
- 5月16日(金) Stage 3: 38 km / 10 hours
- 5月17日(土) Stage 4: 49 km / 10 hours
- 5月18日(日) Stage 5: 59 km / 10 hours
- 5月19日(月) Stage 6: 58 km / 10 hours
- 5月20日(火) Stage 7: 66 km / 10 hours
- 5月21日(水) Stage 8: 44 km / 10 hours
- 5月22日(木) Stage 9: 137 km / 35 hours
- 5月23日(金) Stage 9の続き
- 5月24日(土) 表彰式
- 5月25日(日) エアーズロックにて解散
レース前の最大の難関:オーストラリア税関
レース前の最大の難関は、オーストラリア税関。
オーストラリアは食品の持ち込みがニュージーランド同様に厳しい。2025年3月にニュージーランドでのレースの帰りに、シドニーで1泊したが、やはり税関のチェックは厳しかったので、前もって確認することができて良かった。
正直に申告する。 持ち込み禁止の食品は現地調達。 あと、余計な混乱を避けるために、入国してから食料をジップロック詰め替え。
30年前にワーキングホリデービザ制度を使ってオーストラリアに滞在していた時に1週間ほどエアーズロックで働いていたことがあるが、あのエリアはとにかくハエがすごいので、ハエ対策のネットも必要になるだろう。

私が砂漠が好きになった原点でもあるオーストラリアのアウトバックに30年振りに今度はレースで戻るとは、なんとも感慨深い。
このレースは今までのように歩き通して制限時間にゴールできるようなものではないと考えているので、真面目に?トレーニングしないと・・・(汗)
装備
公式の必須装備リスト:
- バックパック ×1
- 寝袋 ×1
- ライター ×1
- コンパス ×1
- ナイフ(刃渡り3.5cm以上)×1
- ミラー(直径6cm以上)×1
- ホイッスル ×1
- サバイバルブランケット ×1
- ヘッドランプ ×2
- 予備電池 ×4
- 調理・食事用キット ×1
- 固形燃料 ×20個
- 応急処置用メディカルポーチ ×1
- 塩分タブレット ×20個
- 圧迫用バンデージ ×2
- 水ボトル(1L)×2(または同等のもの)
- 食料バッグ(5日分)×2
必須装備については他のステージレースと変わりないものばかりだが、特筆すべきは食料だ。10日間分の食料を背負って走るにはなかなかしんどいなと思っていたら、5日分ずつ、2回に分けて背負う。Stage5終了後に残りの食料を受けとる。
テクニカルチェック時に、5日分ずつの食料を入れたバッグ2つ、ほぼ同じ重量(5%くらいの差分は許容範囲内)を提示しなければならない。
食事・補給
公式HPの要約:
10日間分の食料を自分で用意。1日あたり2,000キロカロリー、合計で20,000キロカロリー以上の食料。レース開始時には、前半5日分の食料をバックパックに入れて持参し、5日目のゴール地点で、残り5日分の食料を受け取る。(※6日目の朝ではなく、5日目のゴール時点で受け取る点に注意)。テクニカルチェックでは、以下の点を確認。・食料を2つの袋に分けて提示(1つはDay 1〜5用、もう1つはDay 6〜10用)・それぞれの袋の重量が均等(誤差は5%以内)であること・各袋に含まれるカロリーの詳細を記載した書類を提出すること。食料のパッキング形式は、以下のいずれかに分けて整理すること:日別(例:Day 1パック、Day 2パック…)/食事別(例:朝食用、行動食用 など)。注意事項:フリーズドライの食事はオリジナルパッケージのままで持参推奨。食料はオーストラリア到着後に準備することを推奨。生鮮食品は持ち込まない。
レースレポート
Day 0:アリススプリングス到着 — 2025.5.10〜5.12
30年振りにオーストラリアのアウトバックに戻ってきた。
当時ワーキングホリデービザでアウトバックを旅していた若かりし頃の私に言えるものなら言いたいよ。
「あんた、30年後にここ走るよ。」
アリススプリングスからエアーズロックまで10日間、520kmを走る旅だ。正直、完走できる気は1ミリもしていないが、行けるところまで行ってみよう。どんな景色が見れるのか楽しみだ。
ウズベキスタン帰国からのドタバタ (2025.5.6〜5.9)
ウズベキスタンでのレースを終えて、5月6日の夕方に帰国。4日後にオーストラリアに向けて出発する訳だが、まだ何も準備していなかった。
いや、むしろ、ウズベキスタンで使った装備をまた使う訳だから、まずは綺麗にすることから始まる。マイナスのスタートじゃないか。寝袋、トレランシューズ、レースウェア、、、洗い物満載だ。
あ!しかもレースウェアに国旗とレースパッチをつけなくちゃならない。
今回新たに買い足すものとして、固形燃料、予備のヘッドライト(この間整理していて1つ残して捨ててしまったー)、あとナイフが刃渡3.5cm以上って……いつものやつはダメなのか?いつものやつをしれーっと持っていくか?悩んだ末に、念の為Amazonで購入して、両方持って行って様子を見ることにした。
食料も朝はカレーめしシリーズ、夜は麺類で行こうと、近所のスーパーで10日分のまとめ買いした。(そしたら防災用で購入していると勘違いされた。)
……にも関わらず、直前にカレーめしがブリスベンの税関で没取されたという情報が飛び込んできた。
まーじーかー!
ということで、食料計画の立て直しだ。不本意ながら、朝はアルファ米(白米)、時々麺類で行くことにした。
アリススプリングスへ (2025.5.10)
今回はカンガルー便……いや、カンタス航空でブリスベン経由で集合場所のアリススプリングスへ向かう。非常口側の席を有料で追加しても、JALで航空券を購入するより安かったのだ。

ということで、非常口のそばの席ゲットだぜ。これで足が伸ばせるし、お手洗いの場所も近いし、10時間強のフライトのストレスは軽減されるはずだ。

と、通路側を挟んだ前列に、見たことある人が乗り込んできた。そう、サハラマラソン2001, 2023で一緒だったびとーさんだ。ということで、2年ぶりに同じステージレースに参加だ。
なんでも、今年のサハラマラソンで一緒だった日本人選手2人も勧誘して連れてきたらしい。サハラマラソンの実況をしていたので、顔と名前は知っているが、すごいフットワークが軽いな。会えるのが楽しみだ。
機内ではほぼ爆睡。とにかくひたすら寝た。時々目を覚まして、びとーさんの席の方に目をやると、なんかお裁縫していた。スポンサーのパッチ縫い付け作業か?大変だなあと思いながらも、再び爆睡モードに突入する私であった。
翌朝、7時半頃にブリスベンに到着。入国審査のところでものすごい行列でうげっ!となったのだが、入国審査の側にある端末にパスポートを読み込ませておくと、自動ゲートが使えたのでサクッと入国。
が、問題は税関である。真面目な私、ちゃんと食料の申告をしたので、税関のチェック待ちの行列に並ばされた。まずは荷物を犬に嗅がせること2回、そして係員による荷物の中身のチェックだったのだが、幸いにして、食料リストを見せたら、そこまで細かく荷物の中身を見られることはなかった(ホッ!)
ということで、バスで国内線ターミナルに移動し、ラウンジで朝ごはん。9時半のアリススプリングス行きに搭乗。

飛び立ってしばらくするともうアウトバックの赤茶けた世界が広がる。あー、やっぱ砂漠好きだわー。

アリススプリングスに近づくとちょっと景色が変わる。なんか、サハラ砂漠のJebel(アラビア語で山の意味)を思い出した。その麓にアリスプリングスの街が広がる。その時はまさか山を登るとは思ってもいなかった。

アリススプリングス到着 (2025.5.11)
12時半頃にアリススプリングスに到着。30年前に来ているはずなんだけれども(エアーズロックの空港からセスナで飛んで来た)、全く覚えていない。

と、ちょろちょろハエがまとわりついてくる。まあ、これくらいならハエネットなくてもいいかな?って感じだ。
ここでは配車アプリが使えないので、仕方がないから空港で待ち構えていたタクシーに乗り込む。空港からホテルまでって10kmくらいだと思うのだが、メーターがぼったくりじゃね?って思えるほどにジャンジャン上がっていく。
で、ホテルまで日本円にして4,700円くらいだったよ。
しかも、ホテルで案内された部屋は、なんとツインルーム。ベッドでか!1人で持て余してしまうでしょ!

夕方からはサハラ仲間と合流して晩御飯を一緒に食べた。去年私がボランティアをしていた回に参加していた大分在住の方である。彼は私より先に現地入りしたのだが、税関でカレーメシを全て没収されたという……。
この事前情報のおかげで、出発直前で食料計画を変更することができた。そのお礼と、不運に対しての同情の意味も込めて、晩御飯はご馳走させてもらった。
ホテルに戻ってからは食料の詰め替えの続き、装備の整理を行った。まあこんなもんでしょう。

食料10日分は2つに分けて収納しなければならないのだが、その存在感たるや。ただ、5日分しか背負わなくていいってのは、多少は軽量化に貢献しているかな。6日目にまたどん!と5日分の食料、重量が増えることにはなるんだが、これってどうなんだろう。色々と未知すぎるわ。
Day 0:キャンプ地移動、テクニカルチェック — 2025.5.12〜5.13
キャンプ地移動 (2025.5.12)
海外のホテルって大体チェックアウトが正午だと思っていたんだが、10時チェックアウトだった。昨晩、サハラ仲間のトモさんと話していて、まさかそんなことはあるまいと確認したら、私のホテルも10時だった。
まじかよー。日本のビジホじゃないんだからー。APAだって11時だぞ。
と言うことで、ホテルとレイトチェックアウトを13時で交渉。まさかのちょっと渋られて12時に。で、12時前にチェックアウトしたつもりが、11時半前だった。オーストラリアの内陸部に30分の時差があったのだ。なので、日本との時差は+30分となった。iPhoneの時計は手動で変えているので、気がつかなかった。(これを機に自動設定にしたわ。)
じゃあ、早めにランチ食べてから集合場所に向かうか。ホテルのカジノ内のレストラン(というか、バー)しか空いてなかった。フィッシュ&チップス、量が多すぎて完食できず。

13時過ぎに集合場所のユースホステルに到着する。タクシーで乗り込んだのだが、ちょうど入口で主催者のジェロームと、大会にいつも帯同しているドクター、ブルーノがいた。お久しぶりですー。
ユースホテルの中庭にはスタッフや選手が集まってきた。で、ここで驚愕の事実を知る。
レース1日目と2日目はがっつり山登り……。え?!このレースって全日程ほぼほぼフラットじゃなかったの?
ま、まさかここに着く前に機内から見た山、あれを行くってこと?確か1日目と2日目は30km、40kmとかだったよな。山を10時間……。
大丈夫かな?急に不安になる。
いや、元々完走できる気はしなかったけど、私が心配していたのは、7日目66kmの日だった。ウズベキスタンのロングの日はその練習のつもりで歩いたが、65kmを11時間30分位だったんだよね……。
まさかの落とし穴である。(事前調査不足でもある)
バスは選手一行を乗せ、キャンプ地に向かう。思ったより近かった。
この日の集合してからキャンプ地までの話は、ボックルヘアのトモさんのラジオにゲスト出演して語り尽くした。
[音声: https://stand.fm/episodes/6821aa5363406e5072a2154e | トモさんのラジオ(stand.fm)にゲスト出演]
端的にいうと、めっちゃハエが多い!!! 尋常じゃないハエの多さ!!!
これに尽きる。
テクニカルチェック (2025.5.13)
キャンプ生活2日目。今日はテクニカルチェックの日である。
レースが始まるまでの食事は大会が支給してくれて、昨晩はバーベキューだった。朝食はパン、サラダ、果物、目玉焼きなどだったんだが、もうね、日が上って暖かくなると、ハエが寄ってくるんすよ。
これ、トモさんからハエネットもらって良かったわ〜(感謝)。アリススプリングスにいた時はそんなに気になる程でもなかったのに、もう人里離れた砂漠に来ると、こんな酷くなるとは……。
さて、テクニカルチェックはゼッケン番号順である。ちょうどお昼前くらいに私の番がやってきた。気になっていた刃渡3.5cmのナイフのことだが、唯一の日本人大会スタッフのリコちゃんから「まあ何とかなりますよ。」と心強いお言葉を頂いた。リコちゃんは去年同じCanal Aventure主催のウルトラレースボリビアにボランティアスタッフとして参加していて、今回、2度目の登板だ。
因みに、2022年のサハラマラソンで一緒だったジョーさんの娘さんなのだが、レース前にメッセージのやり取りしていたのに、一言もそんな話してなかったんですけどー?
そのテクニカルチェックであるが、定番の必須装備の読み上げ、それを見せるスタイルなのだが、リコちゃんが読み上げつつも、さっと私の荷物を見渡しながら、チェックを入れていくという素晴らしく効率的な作業をやってのけた。
次はメディカルチェック。ブルーノがやってくれるのかと思いきや、もう1人のドクター、フィリップが登場。のちに、このコンビを「じーちゃんず」と密かに呼ぶことになるのだが、まだこの段階ではドクター呼び。
こちらも事前に用意した診断書と心電図を確認し、血圧を測る。あと参考までにどのような薬やファーストエイドキットを持ってきているかチェックリストでチェックされた。で、最後は写真撮影して終わり。
ゼッケンとコースマップも渡された。が、コースマップが相変わらず、ジェロームの手書きなんだな。もうこのレースも6回目?になるんだから、清書したら?と言いたくなるんだが、まあ、これはこれで味わいがあるってことで……。

さて、いよいよ明日から10日間のレースが始まるよ。
Day 1:Ellery Creek-Serpentine Chalet Dam — 30km / スタート 8:00 / 公式記録 07:06:01
初日の朝。寒い、寒すぎる。
この間のウズベキスタンのレースで出会ったスイス人選手ロルフ(前回大会完走者)が、朝は寒いから気をつけろとことあるごとに言っていたのを、まあ、サハラ砂漠も朝は冷え込むしー、と毎回軽く受け流していたのだが、す、すみませんでした!経験者のアドバイスはちゃんと聞いておくべきでした。

寒すぎて、テントの外に出てお湯を沸かす作業すらつらい。なぜに今回、モーリアンヒートパックを持ってこなかったんだろうか。朝だけ使うようにすれば良かったのに……。
テントを開け渡さなければならない時間ギリギリまでテントメイトのびとーさんと粘っていたら、しまいにはジェロームに叩き出されてしまった。気がつくと、周りのテントは綺麗に撤収された後だった……。テントを追い出されたら焚き火に集まり、そこから離れられない。
びとーさんが連れてきた若者2人はクラファンで今回の大会費用を集めていて、昨晩あちこちに連絡をしていたようだが、今朝、目標金額達成したとのことだ。良かった、あとはもうレースに集中するだけだね。
レースは8時スタート。主催者であるジェロームのお決まりのセリフ、「Are you ready? Are you happy? Are you crazy?」 を聞くと、(違う場所だけど)帰ってきた感が込み上げる。
「今日という日を楽しんで。ここにいることはとっても幸運なことであることを忘れないように。」だって。う、うん、そう思えるようなレースにしたい。
ということで、フランス語のカウントダウンでレーススタート。みんな一斉にトレイルへ向かって行く。今日は獲得標高900mくらいの登りだと聞いているので、後方からゆっくりスタートする。
今日、明日のコースはハイキングコースを通る。大会側がつけるマーキングはなく、ハイキングコースのブルーの目印に従って進んでいくことになる。これが微妙に分かりずらいところもあり、ちょっとした分岐を見逃してしまいそうになるので、なるべくコース上の前後に誰か見えるようにしながら進んで行こう。
早速、7−8km進んだところで、前を歩いていたアルゼンチン選手のセバスチャンがコースを外れた変なところを歩いている。
その先の分岐点にはトモさんがいた。「どっちなんでしょう?」とトモさんが言う。どうやら、セバスチャンは「こっちだよ。」と進んで行ったようだ。
分岐の案内板を見ると、セバスチャンが進んでいる方向はキャンプ地へ戻っていくルートである。(だから、後から歩いてきた私が見つけた)と言うことで、セバスチャンを呼び戻して軌道修正完了。
で、このおじさま、ちょいちょい自信持って道間違えるんですけど? 「こっちは(先行している選手たちの)足跡ないから違うんじゃないですか?」 「お、お前、頭いいな。よし、俺たちはチームだ!」 さすがラテンのノリだ。
14km地点のCP1に到達。前回のセネガルでもお世話になったクリステル、ブルーノ、そしてジェロームがいた。私と、その後にやってきたセバスチャンがほぼほぼ最後尾で、あとは誰々と誰々だなって話している中に、トモさんの名前があったのを聞き逃さなかった。
「えっ?トモさんは私たちのずっと前を歩いていて、彼を途中で抜いてないんだけど?」「あ!多分、あそこの分岐じゃないのかな。トモさん、右折したのかも」
と言うと、ジェロームがちょっと見てくるとコースに戻って行った。
ま、トモさんなら大丈夫でしょ。ジェロームも捜索に出かけたし。それより自分の心配しなきゃ。ここから登坂地獄の始まりなんだから。
時間はあると言い聞かせながら、のんびり登っていると、後からトモさんがやって来た。やはり、道を間違えて進んでしまって、湖にぶちあたり、引き返して来たそうだ。へー、トモさんってこんな感じの人だったんだ。しかし、脚力はめっちゃあるので、あっさり追い越され、また1人になった。
いやー、結構登るわ。
と、しばらく1人旅が続いて、20km地点くらいだっただろうか。前方に人影が見えた、トモさんではない、違う人だ。「え?いや、まさか、そんな訳ないだろ?」と自分の視力を全力否定しないといけないくらい、にわかに信じがたい光景なのだ。しかも樹木の間でちょこちょこ見え隠れするので、確証がつかめない。
と、ちょうど、ビクターが定点撮影していたので聞いてみた。 「ねえ、前を歩いている人ってもしかしてともみ?(びとーさん)」 「そうなんだよ。なんか体調不良らしい。」
ええええええー!まじか!今日1番の衝撃映像だな。まさか前方をびとーさんが歩いているなんて。
これは追いつけるのか?早歩きのペースを上げてみるが、そこはびとーさん、体調復活したのか、しばらくすると追っても追っても姿を2度と拝むことはできなかった。
そう言えば、ブリーフィングの時に見晴らしの良い場所に出るが、そこからのトレイルの入り口が分かりにくいから注意するようにて言ってたな。
運よく、その見晴らしの良い場所はハイカー達がピクニックをしていた。私がやってくると、「こっちだよ、こっち」と教えてくれた。いや、これ、教えてもらわなかったら、そのまま突っ切ってたわ。
と、一般のハイキングコースがコースに組み込まれているので、ちょこちょことハイカーさんと遭遇する。あるハイカーの団体さんなんか、両脇に分かれて立ってずっと私がやってくるのを見ているから、え?何?何?と怯えていたら、私が彼らのもとに来た瞬間、アーチを作ってくれて、「がんばれ〜」と応援してくれた。後から、アーチを潜る時にビデオ回しておけば良かったと激しく後悔した。
と、ヒーヒー言いながらも30kmの道のりを7時間ちょいで完歩。疲れましたわ〜。
テントに戻るとびとーさんがいて、にこやかに、「やらかしちゃいましたよw」と今日の顛末を話してくれた。良かった、すごいポジティブな人で良かったわ。ほらいるじゃん、たまに自分の調子が出なかったからって不機嫌になる人。

Day 2:Serpentine Chalet Dam-Finke River — 41km / スタート 7:30 / 公式記録 31km
2日目。やばい、やばいよ。もう既にDNFの危機がやってきたよ。
というのも、前日夕方のブリーフィングで、2日目も山岳コースで距離も伸びるので、CP2(31km地点)に7時間の関門を設けるという話があったのだ。
前日の30kmを7時間ちょいでゴールした私にとっては、フラットなコースであれば全然余裕だが、山岳コースの状況によっては関門アウト……十分あるな。
で、今日のコースは序盤に岩がゴロンゴロンしてい所があるから気をつけろと言う。は?山岳コースに加えて、そんな試練もあるわけ?
更に更に、CP1(14km地点)はスタッフがいるのみだとYO!なので、CP2(31km地点)まで給水ができないというなかなかのハードさ。スタート前にペットボトルを支給するという。フラスクも合わせて最大+3kgくらいになるのか、どうしようかな。
7時半頃にいつものように後方からスタート。スタートしてしばらくすると、ああ、あれですか、峡谷の川の跡のようなところ(多分、雨季は川?)に岩がゴロンゴロン横たわっていて、その岩が結構でかい。

岩をちょっとよじ登るって感じなので、まず、どこから行こうかコースどりに悩む。ここは焦っても仕方がないので、前を行く選手の動きを見ながら進む。思ったよりもダラダラと長く続いたので、結構時間を取られたかもしれない。
そして、シングルトラックの山道に入っていく。今日もなかなかハイキングコースのマーキングが分かりづらいな。これ気をつけて行かないとマジでコースロストするわ。
すると、コースの脇から「あ、レナさーん、またロストしちゃいましたよー。」とトモさんが現れた。今日はずいぶん前を歩いていたはずなのに!でも、今回も湖にぶち当たったので戻ってきたと言う。ある意味、運が良い。
そして、マーキングを見逃さず、気をつけて行かないと散々自分に言い聞かせていたのに、マーキングを見失ってしまった。
トモさん、セバスチャン、そして後からオーストラリア人選手のピーターがやって来て、4人で盛大にロストしてしまった。どこでマーキングを見失ったのかもさっぱり分からず、シングルトラックを抜けた開けた場所で右往左往する4人。
で、ふと思い出した。レース前に集合場所のユースホステルにいた時にアプリを入れて、ノーザンテリトリーの地図をダウンロードしろと言われて、ダウンロードしたんだった。
アプリを開いてみる。あっ!コースと現在地が出てる。つか、めっちゃコース外れてるやん。
セバスチャンたちにアプリを見せていたちょうどその時、遠くから、「おーい!こっちだよー!」という声が聞こえてきた。途中で追い抜いたハイカーさんだった。やっぱ、そっちだったのか!4人で道なき道を掻き分けながら軌道修正を行う。
まずいな、このロストでかなり時間を消費してしまった。
軌道修正後は各々のペースで進んでいく。トモさんの姿はもうとっくに見えなくなってしまった。私の背後にはセバスチャンがしっかりマークしていたが、次第に見えなくなってしまった。
CP1にリリアンがいた。去年のセネガルでは一緒に走った(と言っても、彼は圧倒的に速いのだが)ルーマニア人で、ほんとセネガルではよくしてもらった。優しい笑顔で迎えてくれたが、「ちょっと厳しいんじゃない?」という会心の一撃を喰らう。
そうなんだよ。このペースだと、CP2の関門に引っかかる可能性が高いからペースを上げる必要があるんだよ。
と、神は私を完全に見放したようだ。CP1を過ぎたら、またあの岩ゴロンゴロンやん!
で、その直前は、マーキングを見つけられず、崖っぷちに立たされて、もうこの崖を降下していくしかない……くらいに追い詰められたが、すんでのところで思いとどまった。樹木に隠れていたシングルトラックを見つけた。
岩ゴロンゴロンを抜けると、「もう、終わった。完全に終わった。」
ここから山頂までダラダラ続く急登が始まった。「諦めたらそこで試合終了ですよ。」というスラムダンクの安西先生の名言が頭をよぎったが、いや、もうこれ、試合終了を認めますわ!
もういや、めっちゃ、登り嫌い。(本気で思ってないくせに)ダイエットするわ。なんか、ビクターがドローンを飛ばしているようで、ドローンの蚊のような音にさえイラつく始末である。
やっと頂上についた。3Gだけど電波が届くっていうから、iPhoneの機内モードを解除したけど、電波入りませんよー。
さて、ようやく、ここから下りだ。ちなみにこの辺一帯の背の低い樹木(?)がめっちゃ凶器。サハラ砂漠のラクダ草みたいにトゲトゲして痛いのだ。
こういう時に(アホだから)膝出し短パンで歩いているもんだから、足のあちこちに擦り傷や小さい刺し傷などの生傷が絶えないのだ。
しかも、蛇に注意でしょ?レース前のブリーフィングの時に蛇に噛まれたら、蛇の色とか特徴を覚えておくように、できるならば写真を撮っておけと、ペルーのジャングルマラソンの時と同じこと言ってたわ。(蛇の種類によって応急処置が異なるから)
25km地点あたりで、現地大会スタッフのミキと遭遇する。もう時間制限オーバーだからと迎えに来たらしいが、無線連絡で私はいいからその後ろの人達を迎えに行けと指示が出ていたのは聞き逃さなかったわよ。
しばらくすると、丘の上に誰か腕組んで突っ立ってる。あ、ジェロームか。近づくと「CP2まであと4kmくらいだから行けるよな。」という。
ええ、ええ、行けますよ。何なら(時間はかかるけど)ゴール地点まで行けますよ。
で、この残り4kmがなぜかめちゃくちゃ長く感じた。ジェロームは距離を取って、後からついてくる。
これ、残り4kmって嘘じゃね?残り2kmか?ってところで、干上がった川床、私の大嫌いなモフモフくんがやってきた。ペースが落ちる。なぜか、ジェロームが私を置いて先に行く。
CP2はキャンプ場みたいな場所にあった。ジェロームとクリステルが待ち構えていて、おつかれさまー的な暖かい言葉をかけてもらった。
まさかレース2日目でDNFとは思っても見なかった。でもまあこれはこれで後悔はない。どうせ、明日もコースに立たされるわけだし。
気になったのはトモさんのこと。ジェロームに聞いてみたら、残念だけどここで関門アウトだったよ、とのこと。それも10分くらいって、えー、10分って、そこは大目に見てもらえないの?
キャンプ地にクリステルが運転する車で戻ったら、なんかみんな「I'm sorry for that……」って慰めてくれたんだが、本人的には悔しいも何もなく、(距離)行けるだけ行こうって気持ちが切り替わっただけなんだけどね。

Day 3:Finke River-Hermannsburg — 38km / スタート 8:30 / 公式記録 38km
3日目。昨日は31km地点で回収されたけど、レースは続く。完走扱いにはならないが、今度は走った距離に応じてランキングされる。これを内輪でこっそり敗者リーグと呼ぶようになった。
毎日夕方にブリーフィングを行うってことになっているのだが、昨晩はなし。まだコース上にいる選手を捜索しなければならなかったからだ。私の後ろはあと2人いたんだが、そのうちの1人の回収が結構時間がかかったみたい。
昨晩はテントでだらだらしながら、びとーさんと「いやあれ、やばいよね。」という話になる。
まず、迷いやすい山岳コースなのにGPSを装着させてない。そして、私はたまたま思い出したが、地図アプリを強制インストールさせ、レース前にみんなに周知させていなかった。びとーさんらは知らなかったらしい。
加えて、車両が入ってこれない山岳コースで、スタッフもそんなに多くないので、給水がCP2(31km)までないのはまあまだいいとして、道中なんかあったらどうなるの?って話である。いくら、ステージレース経験豊富な猛者たちが参加しているとはいえ、これで事故が起きていないのが奇跡じゃないのかしら?
ついでに、主催者のジェロームの体力に驚愕したわ。コース上あちこちに出没して、行ったり来たりできる体力よ。
さて3日目からはほぼ平坦なコースで、レース序盤に川をボートで渡るという。
レーススタート後すぐに、遠目に峡谷で渋滞しているのが見えた。あー、そういうことか。
人力のボートで、川を渡るようだ。順番に1人ずつなので、20分くらい待つことになった。
待っている間に、誰だか忘れたけど、誰かが、「これが本当のCanal Aventureだね。」とオヤジギャグをかます。(主催している会社名、そして運河を渡って冒険しているってことで)
このオヤジギャグ、私を含め、周りのみんなに聞こえていたと思うのだが、ノーリアクションだ。なので、聞こえてなかったと思ったのか、また繰り返したよ。
自分の番が来たので、靴を脱いで、荷物を下ろしてゴムボートに乗る。なんと、向こう岸でリリアンが紐を引っ張って、ボートを手繰り寄せていた。めっちゃ原始的だったわ。
ゴムボートを降りると、そこは昨日の岩ほどではないが、河原の石ゴロゴロが走りにくい、いや歩きにくい足場だった。足を挫かないようにして注意して進む。
石ゴロゴロの足場を抜けると、赤茶けたというか、車が通ったら一発で埃が舞いそうな道に入る。ここはセバスチャンと、セバスチャンのテントメイトのフランシスが前後を挟むように、3人で抜きつ抜かれつ、時には一緒に話しながら歩く。
11km地点あたりだろうか、前を足をびっこ引きながら歩いている選手がいる。近づいてみると、なんとアメちゃんだった。
アメちゃんは2022年に私と同じく、4 Deserts Grand Slam+ を達成し、1年間苦楽を共にした仲間だ。そのアメちゃんに何が起こった?
「どうしたの?何があったの?」 「足首を捻ってしまって腫れ上がったんだよ。」 「痛み止めあるけどいる?」 「それは本当に効くのか?」 「・・・・・」
もう少しいけば、CP1(15km地点)があるから、そこでドクターに診てもらった方がいいかもね。
よし、急いでCP1まで向かう。CP1についたら、エーデルワイスしかいなかった……。医者がいない……。
とりあえず、エーデルワイスにアメちゃんの話を伝えると、無線で大会本部に連絡してくれた。よし、これで大丈夫なはずだ。
CP1を抜けたら1人旅になった。フラットな道なのは良いが、景色が変わらないから退屈だなあ。
前から大会車両がやってきた。ジェロームとドクターブルーノだ。アメちゃんの救出に向かうのか。良かったー。今日からは車両がスイスイ通れる場所ばかりだからな。
しばらくすると背後から聞き慣れた声、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、アメちゃんが窓から少し身を乗り出して、iPhoneでビデオ撮影していた。
「アメちゃーーーーーん!!」 あの状態だと、明日以降はもうコースに出ることは無理だろう。アメちゃん、どうなるのかな?
そして、30km地点にポツンとCP2だ。ドクターフィリップがいた。「あと、残り6kmくらいでゴールだよ。」と言う。
え?あと8kmじゃね?基本、スタッフのいうあと何キロは信じないようにしている。
CP2を抜けたら、舗装された道をひたすら歩くんだけど、時折、車がものすごいスピードでやってくるからめっちゃ怖いんですけど!
あれ?本当に6kmほどでゴールしちゃった。キャンプ地にアメちゃんの姿はなかった。アリススプリングスに送還されたようだ。

Day 4:Hermannsburg-Boggy Hole — 49km / スタート 7:45 / 公式記録 49km
4日目。今日は川渡りが3回あり、そのうちの2回は回避可能だが、最後の1つは絶対に避けられない。深さはこれくらい、とジェロームが自分の膝上あたりを指差す。
川渡り(River crossing)はある意味、ステージレースど定番障害物(サハラマラソン除く)だから、まあ深さはちょっと気になるが、ふーんって感じ。
つか、今さ、ジェローム、気のせいか、回避可能をEvidableって言ってなかった?それ、フランス語じゃね?英語ならば、Avoidableだよね。しかし、周りの人たちは、気がついたけど言っていることはわかるってことでスルーしたのか、誰も何も言わない。(私の聞き間違いか?)
ということで、7時45分頃にスタート。道路に出て、最初はひたすらアスファルトの道を10数kmほど歩く。
結構、車の往来があるので歩く場所に気を使う。そして、今日はアリスプリングスから離れて以来となる集落らしき場所、15km地点を通過し、そこを右折し、延々と一直線に続く赤茶けた道へ入って行く。
この赤茶けた道だが、場所によってはモフモフしているソフトサンドで非常に歩きづらい。なので、比較的歩きやすい道の端を歩く。
そう言えば、昨日、オーストラリア人選手のルイーザがワラビーを見たと言っていた。まじか!ということで、ワラビーとかカンガルー居ないかなあって、辺りをキョロキョロしながら歩く私。
CP1(18km地点)を抜けても景色は変わらない。こんな何もないところにポツンと1人で給水作業しているスタッフさんはほんと大変だ。そして感謝。
まだ出た「Mobile Phone Hotspot」。この標識見て、iPhoneの機内モードを解除するが電波入らないんだよね。

そして、やっと赤茶けた景色から、森の中の水辺のような景色へ突入する。ほんの気持ち、少しだけ清涼感が出てきたw。赤茶けた土から砂にような土色に変わり、時々、石ゴロゴロという足場に変わる。
しばらくすると、大会車両が2台見えてきた。カメラ撮影をするビクターの車両と、移動する大会本部的な役割のジェロームとドクターブルーノの車両だ。
なんか雰囲気的にジェロームとビクターがめっちゃテンパってる。どうやら、ジェロームの車両が砂石まじりのところでスタックしてしまったようだ。2人でなんかやってる。
大変そうだなあと彼らを横目に歩いていくと、スタックしてしまった車の中から「やあ、大丈夫かい?」とドクターブルーノがのほほーんとした感じで登場する。
いや!それ、こっちのセリフだから!
ドクターブルーノ、去年のセネガルの時よりも急速におじいちゃん度が増していないか?なんか、ほんとに「おじいちゃん」って感じの動きや喋り方なのよ。まあでも御歳78歳だっけ? うちの義両親と同い年で、こんな風にいつもレース帯同していて、まさにレジェンドだよなー。今年こそ、ブルーノの家に遊びに行かなきゃ。
と、しばらくすると、ジェロームたちの車が猛スピードで追い越して行った。よかったね。後からびとーさんに聞いた話によると、彼女が通過した時もそこにいたらしいから、少なくとも2時間くらいは立ち往生していたことになるのか。
きたきた。スタート前のブリーフィングで言っていた川だよ。確かにこれは大きな水たまりっぽい感じで、脇を歩けば避けられそう。そんな感じでもう1つの川も突入を避けることができた。
で、次が避けられないんだよね。
その3つ目が来た。確かに見渡す限りでは水の中の突入は避けられそうにない感じである。よし、あまり深くなさそうだし、行くか!と水の中に突入していく。
あれ?意外にひんやりしていて、アイシングにちょうどいいんじゃない?どうせ靴は歩いているうちにすぐ乾くだろうし。
と、あれ?しばらくすると、目の前に幅広の川が現れた。どう見ても、これが水の中への突入が避けられそうにない川である。向こう岸ではビクターがカメラを構えてスタンバっている。
じゃあさっきの川は突入を避けることができたのか。いやー、先入観って怖いわ。膝下まで浸かる冷たい水、いやあ気持ちよかったなあ。アイシング効果か?
その後はサクサクと順調に進み、無事にその日のレースを終えた。
そして、フィニッシュラインでは大会スタッフのリコ氏やオーストラリア人のカメラマン女子(名前を失念した!)が何やらニコニコ(いやニタニタ?)しているではないか。そして、私に差し出したのが、、、
コーラ!!コーラ!!コーラ!! しかも冷たい。めっちゃ嬉しい。ありがとう!
そして、今日はノルウェー🇳🇴の建国記念日。おめでとう!(朝のブリーフィングでノルウェー人選手をお祝いした。)

Day 5:Boggy Hole-Palmer River — 59km / スタート 7:30 / 公式記録 44km
レース5日目。この日のレース中の記憶がほとんどない。ちゃんとマメに記録を取るべきだったんだろうけれども、10日間の長丁場である多分面倒臭かったんだろう。
記憶というか、記録にあるのは、この日もひたすら赤茶けた大地を歩いていて、ハエの多さに辟易し、ビデオ撮影していたようだ。
日焼け予防に白いロングTシャツを着ていたのだが、そこにびっちりハエが止まっているんですよ。払っても払っても気がついたらまたびっちりいる訳ですよ。なので無駄に体力使いたくないので諦めた。
というか、ハエを払った後、白いTシャツに小さな小さな黒い点々がいくつもついてるんですよ……。これってまさか、ハエのう、うん💩?レース終わったら、このTシャツ速攻捨てるわ!
で、覚えているのは、CP2(44km地点)手前、道の真ん中にジェロームが仁王立ちして私をじっと見つめていた。
あー、そういうことか。確か、朝のブリーフィングで言っていたような気がするな。今日は59kmの長丁場なので、関門回収もあるかもしれないって。
「後2km先のCP2で終わりでいいよな。」とジェローム。 イエス、ボス……。
アレ!アレ!CP2がえらい賑やかだなと思ったら、リリアンがめっちゃ応援してくれていた。
その後にやってきたレーシング・ザ・プラネット主催の南極のレースで一緒だったフランス人選手イヴと大会車両に乗り込み、残り15km、今日のキャンプ地まで大会車両で移動する。
日本からやってきた若者、リュートくんがフィニッシュしたタイミングでキャンプ地に到着した。いやいや、マラソン経験がないのにここまで大健闘しているのは、本当に素晴らしい。若者パワーを感じるね。
そして、今日はレース前に預けていた6日目以降の食料の引き渡しがあった。この5日間でほとんど食料を食べ尽くした人たちは大喜びだ。
私も嬉しいんだけど、明日からザックの重量が増えるのか……。
あ、そうだ、6日目の朝ごはん「焼きそば」なんだよ。ということは、お湯を沸かさなくてはならない……。うわー、レース前の私をほんとぶん殴りたい!
実はあまりにも朝にテントの外に出てお湯を沸かす作業が辛いから、食料計画を変更して、行動食のカロリーメイトを朝ごはんに変えていたんだよね。
仕方ない、明日の朝だけはお湯を沸かすか……。

Day 6:Palmer River-Ernest Road — 58km / スタート 7:30 / 公式記録 44km
6日目の朝。くっそ寒い中、焼きそばを食べたいが為に、固形燃料を3つくらい使えば火力が上がって、お湯もすぐ沸くかな?と頑張りましたよ。
いや、マジで何でこんなに朝寒いの?ずっとステージレースで愛用している2代目のモンベルダウンハガー#3は快適温度3度なはずなのに、明け方になると寒くて目覚めるのよ。
もう羽毛が抜け切ってペラペラになっているんだろうね。何回か羽毛を入れてもらったり修理して使っていたけど、このレースが終わったら捨てるしかないかな。
今日も7時半頃にスタート。うーん、残り5日分の食料が加わったから、やはり少しザックが重く感じるな。そして、今日のコースも、はい、赤茶けたオーストラリアのアウトバックをひたすらてくてく歩くのみでございます。
CP1(17km地点)に着いた時、何だかただならぬ雰囲気を感じた。
どうやらオーストラリア人選手のルイーザが意識を失って横たわっていた。もうそこにはドクターブルーノがいて、彼女の様子を確認していた。で、その様子をジェロームが携帯で撮影しているんだけどー?
ルイーザは初日のキャンプ地へ向かうバスの中で、「あなた、レーシング・ザ・プラネットのレースに出てなかった?」と話しかけてきた。申し訳ないことに彼女のことは覚えていなかったのだが、ジョージアで一緒だったのだ。初日の集団ロストの時に一緒のグループにいたようで、コースに復帰した時に皆んなで一緒に撮影した写真を見せてくれた。懐かしー。
で、去年のゴビマーチに出場していたようで、「NHKのグレートレース観た?」とルイーザ。 「あー、観た観た。」 「あれに私出てたのよ。」 「・・・・・あーっ!(確かに!)」
と、色々と懐かしい話をしていたが、そのルイーザに何が起きたんだろうか。その後、ルイーザは大会車両でキャンプ地へ搬送された。
CP2へ向かう道中、もうビデオ撮影始めてもぼやきしか出ない。
CP2(31km地点)に着くと、フランス人選手のアナベルがいた。彼女はここでリタイアをする決断をしたようだ。なんか、フランス人独特の不機嫌な雰囲気を醸し出していたので、これ以上聞くのは止めておくことにした。
CP2を過ぎると、背が高い木がいっぱいの、いわゆる森みたいなところに入っていった。とにかく風景や足場が変わるとホッとする。というか、またモフモフ君ですかー。そして、砂利というか石ころの道とか。このレース、意外にソフトサンドが多いんだよね。念の為に足首をカバーするゲーターを持ってきといて良かったわ。
そして、44km地点のCP3に近づいていくと、何だか雰囲気がもうここがフィニッシュラインみたいな歓迎ぶりではないか。案の定、やっぱり時間的にここで終了とカットオフされてしまった。
ということで、大会車両でキャンプ地までドナドナされた。車を降りた所で、「えーっ、レナさーん……。」とフィニッシュラインでの計測をしていたリコ氏に発見されてしまった。チッw

Day 7:Ernest Road-Angas Downs — 62km / スタート 7:30 / 公式記録 30km
この日は、制限時間10時間で66km。ウォーカーにとっては、かなり厳しい時間制限なので、レース前はここをどう乗り切るかを課題としていた。ウズベキスタンのロングステージでシュミレーションしていたんですけどどね……。(もう今となってはどうでも良い)
ところが、昨晩のブリーフィングにてコース設計において、一部区間の通行許可が降りなかったということで、コース変更が告げられた。コースは短縮され62km、そしてほとんどがアスファルトの道路上になった。4kmの短縮はでかいな。
7時半過ぎにスタート。2日連続回収されているので、大会スタッフのリコ氏の応援も熱いw
序盤はまた赤茶けたモフモフくんだよ。

サービスエリアの看板が見えた。見間違いかしら、63kmってあるよ?そういえば、今日は62kmだったよね。もしかして、キャンプ地はそこ?
CP1(14km地点)を過ぎたあたりだろうか。赤茶けた道を抜けて、キャンピングカーやツアーミニバスなどがバンバン通る道路沿いを歩き始めたのだが、左足の脛が痛み出した。
最初はさほど気にしていなかったのだが、だんだんと痛みが増してきて、そのせいで歩くスピードがあからさまに落ちてきた。いやこれ、ちょっとまずいかも。
どうしようかなと思っていたその時、前方からジェロームとドクターブルーノが乗っている大会車両がやってきた。ちょうど、道路には行き交う車もいなかったので、ジェロームは車を止めて「調子はどうだ?」と聞いてきた。
ここは素直に「左足の脛が痛み出して、歩くペースが落ちてきた。どうしようかなと思っている。」と伝えた。すると2人とも「ふーん、そうか」って感じで、去っていった。
遥か後方から、セバスチャンのお決まりのフレーズ、「Muy Muy Muy Bien!!」と叫ぶ声が聞こえてきた。
っていうか、ちょっと今の対応なんなん?!思わず、ビデオ回しながら愚痴るよね。
気を取り直して、取り敢えず、ゆっくり30km地点のCP2を目指す。
ん?よく見ると、日本語でなんか書いてある。そうですよ、休憩を取りましょう。

CP2(30km地点)で、今日のレースを止めることにした。
ちょうどドクターフィリップがいたので、左足の脛を見てもらうことにした。フィリップの膝に左足を乗せ、フィリップは脛を触診したり、足首を前後に動かして診断を下した。
「Tendinite(腱炎)だね。今日はここでレースを止めた方がいいね。安静にしていればじきに治るよ。」 「タンディニット??え?何それ?英語では何て言うですか?」 「英語も同じだよ。」 え?ほんとに?
ちょうど、既にCP2でレースをやめていたフランス人選手のパスカルとイヴもいて、それを聞いて「あー、タンディニットね。」と納得している。
え?私だけ納得していないんですけど?電波がないから、ググって調べることもできないんですけど?
そこに、ジェロームたちもやってきて、「あー、タンディニットね。今日ゆっくり休めば明日にはまた歩けるさ。」「このレースの前もどこかで走ってたんだろ?そりゃそうなるわ。」だと。
これ、結局レースが終わるまで、正式な病名?が分からなかった。
大会車両に乗せられて、キャンプ地までドナドナ。ちょうど、びとーさんがちょうどゴールした後だったようだ。いやあ、まさかこんなところで、びとーさんのゴール後の生態観察ができるとは思わなかった。
何よりも先に洗濯命!らしい。
そして、更に、このオーストラリアのアウトバックで、びとーさんは必殺技を身につけた。刮目せよ、この華麗なキャットファイトを!
そして、テントの外からじーちゃんずの私を呼ぶ声がする。
テントから左足を出せ、今からテーピングで処方するからという。せっかく、びとーさんが熟練化した技でテントの中のハエを追い出してくれたのに、テントを開けて足を出さなきゃいけないのね……。なんか、ごめんなさい。
ブルーノとフィリップがテーピングをどう貼るかであーだこーだ言いながら、左足脛のテーピングが終わった。それを見てびとーさん、「これ、なんか意味があるんすかね?」「・・・・・。」だよね。足首から膝下まで普通にテープ貼っているだけなんだよな。
これなら、持参したファイテンのチタンテープ貼った方が良くないか?


Day 8:Angas Downs-Mont Conner — 46km / スタート 7:30 / 公式記録 46km
レース8日目。通常のステージレースだと、この日はレース終わって文明世界に戻っている頃だからね!しかも、翌日は最長ステージなんて信じられないわっ。
さて足の調子はどうかというと、痛みはあるけれども歩けなくはない。今日は46kmで短めだし(って感覚が麻痺してきている)少し様子見して、やばそうだったらすぐさまレースを止めて、翌日のオーバーナイトステージに挑むかな。
7時半スタート。朝の涼しいうちはなりを潜めているハエどもも、日が上がってくると、どこからともなくやってきて、ウザいくらいに大量のハエがまとわりつく。
あー、ハエが来はじめたなといつものようにハエネットを被ろうとするも、な、ない!!ハエネットがない!!
あー、やっちまった!多分、序盤の舗装された道路を歩いている時に落としたんだな。大型トレーラーが通り過ぎるとものすごい風で帽子が飛ばされたりする。なので、その時にハエネットが飛ばされてしまったのかもしれない……涙
うわー、最悪だ。メンタルやられた。
舗装道路といえば、巡回車に乗ってやってきたドクターブルーノ。「大丈夫か?」と心配して声かけてくれるのはいいけど、降りたところ、道路の真ん中!車(すごいスピードで)来てるよ!
なのに、私に向かって「車来てるよ、気をつけて。」と言う。それはこっちのセリフだ。車はあなたが今立っている車線に来ているんですYO!
そして、アスファルト舗装区間から赤茶けたアウトバックの世界へ入る。
遠くにうっすら一枚岩が見えるんですよ。あれ?エアーズロックじゃね?なんかついにレースの終わりが近づいて来ていると実感するねえ。
これ、後からエアーズロックではなく、別の一枚岩(名前を失念)だと知らされるんだけどね。でもね、これをずっとエアーズロックと信じて、眺めながら歩いていたら、左足の痛みも和らいだ気がする。ペースも少し上がったし。
今日のゴールまで後残り20kmってところで再び舗装路に戻る。ビデオ撮影しながら、まだしつこくエアーズロックって言ってるよw
ジェロームが運転する大会車両がやってきて、「足は大丈夫か?」と聞いてくる。
そう、昨晩、皆で焚き火を囲んでいる時にジェロームがやってきたんで、「私が調子が悪いって言ったら本当に調子が悪いの!」「よっぽどのことがないとそういうことは言わなんだからちゃんと聞いてよ!」と、めっちゃ文句言ったんだよねw ちゃんと反省してくれたようだ。
と、背後からリュートくんがやってきて追い抜いて行った。
今日は珍しくレースの序盤で抜きつ抜かれつしていて、途中からペースが落ちていたようなので、流石に8日間の疲れが溜まってきたかーと思っていたのだが、この後に及んで(!?)まだ走れるとは、さすがだわ。
あの濃いフランス人たちの中で大会スタッフとして頑張っているリコ氏、現在総合1位を堅守しているクロちゃんといい、最近の若い子はほんとすごいなって思う。

Day 9-10:Mont Conner-Uluru 137km(前編)— スタート 5:00(オーバーナイト)/ 制限時間 35時間 / 公式記録 137km
最終ステージ137km!今までこんな距離走ったことも歩いたこともないんですけど!
さて、このコースマップを見てもらおう。

右端のBV9がキャンプ地、スタートしたら、まずは先住民アボリジニの土地に入って行く。ここでは絶対にゴミは落とさない、捨てない。環境保護に厳しいエリアでこれを破ってしまうと、来年以降、コースに組み込むことができなくなるとのことだ。そして、CP2(42km)地点からはひたすら舗装路、アスファルトを131km地点までまっすぐ突き進む。
そして、配置されるチェックポイントは7つ。その間隔、よーく見てくださいな。なぜかCP1まで25kmっておーい!
朝5時スタート。最終日はウェーブスタートで3回に分けてのスタートだ。最後尾近辺をたらたら歩いている私は当然、第1ウェーブだ。
真っ暗闇の中をヘッドランプの明かりと大会スタッフの先導車を頼りに進んでいく。先導車はアボリジニランド(勝手に命名)の入り口まで先導し、そこからは巡回車と化した。
私のヘッドライトの明かりが微妙に弱い。しまった、昨晩、電池を交換しておくべきだったと悔やむが、まああと1時間もしないうちに夜が明けるから後でやるか。
太陽が少しずつアウトバックの大地に顔を出してきた。
昨日、エアーズロックだと散々信じ切っていたコナー山 (Mt.Conner)も姿を現した。とにかく、このエリアがしんどくてずーっと一直線で、足場がモフモフしたりしていなかったり、ラクダ草みたいな膝下くらいの樹木が邪魔だし、地味にアップダウンもあったりして、神経削られる。
そんな時に、ブォーン!と大会車両がやってきて、バッキバキにラクダ草みたいな樹木を薙ぎ倒していくんだわ。こんな豪快な運転をしているのは誰だ?と思ったら、クリステルだった。その助手席にはドクターセリーヌ。
クリステルは去年のセネガルのレースでもお世話になっていたのだが、その時は少し苦手だったんだよね。いつもむすっとした感じだったし、でも今回はガラッと印象が変わって、素敵な笑顔を見せてくれる。これはセバスチャンのおかげだと私的には思っているんだけどね。
やっとラクダ草もどきと、ちょいちょいモフモフ、地味にアップダウンの地獄を抜けて、25km地点にくると道幅も広がって、歩きやすくなった。この辺りから、後からスタートした人たちがちょこちょこ追い越して行くようになる。
あれ?あそこがCP2(42km地点)かな?今まで抜きつ抜かれつで、前方を歩いていたフランス人選手のパスカルが急に後ろを振り向いた。なんか私の到着を待っているようだ。
パスカルのところに到着すると、「やったね!CP2だよ、俺たちはやり切ったぞ!」とハイタッチをしてくるではないか。
ん?CP2って何かあったっけ?「ここで俺たちのレースは終わりだな。」とパスカル。え!?何?ここでリタイアする気?それは良いんだけど、なんで私もここで終わるってことになってんの?「え?違うの?タンジニット(腱炎)でしょ?」
まあ、そうなんだけど、まだ行けるよ……。
そして、アボリジニランド(勝手に命名)を抜けて、Lasseter Highwayに出る所で、ちょうど大会スタッフのリコ氏とピエール君がいた。フィニッシュラインのエアーズロックに向かう途中で、一旦休憩して応援してくれているのかな?
癒しの2人組に励まされて、地獄のLasseter Highwayを歩きますよー。
45km地点でついにあの看板を見た!
CP3(55km)地点にあるCurtin Springsだ。ここはコース上で唯一のショップとレストランだ。前回大会出場者から、ここでステーキを食べたという話を聞いていたので、もうずーーーっと楽しみにしていた場所である。
で、CP3に着き、意気揚々とショップに入り、店主みたいなおじさんに「レストランはどこ?」と聞いた瞬間にめっちゃ不機嫌な顔をされた。「レストランは今やっていなんだよ。何でお前たちの主催者はそれを伝えてないんだよ!」と、ブツブツと八つ当たりされたんですけど?
えーっ、これはマジでショック!ステーキ食べるの楽しみにしてやってきたのに。仕方がないから、500mlのコーラ2本と、小さいポテチ買ったら1,500円くらいしたんですけれども、ボッてませんよね?
CP3にはイタリア人選手のイケおじ(だが、私より年下)のマックスがいた。昨日、私と同じくタンジニット(腱炎)になったらしく、やはり無理だということでリタイアしたそうだ。最後の最後でリタイアなんてさぞかし無念なことだろう。
そこに、現在総合1位を死守しているクロちゃんがやってきて、それから10分もしないうちにびとーさんがやってきた。
クロちゃんは現在総合1位だが、最終ステージは137kmもある。何かちょっとしたことで簡単に順位がひっくり返ることはある。
レース中のクロちゃんを初めてみるが、CPでのちょっとピリついた緊張感が、戦っているって感じだね。キャンプでのヒャッハー!と火柱を立てて喜んでいる姿しか印象に残っていなかったけど。
もっと言うと、クロちゃんはこのレースで会う前に、私が一方的によく知っていたりする。今年のサハラマラソンを実況中継していたので、びとーさんを抑えて日本人1位、総合50位内をひた走るクロちゃんの様子は画面越しにずっと見ていた。よくおどけている様子をライブカメラで見てたので、「この子軽っ!でも強っ!」みたいな感じで、去年の日本人選手トップで、地面しか見ていなかったと言う硬派なアベさんとはまた違うタイプの選手だなぁなんて思いながら。
クロちゃん、そしてびとーさんは、現在総合2位につけているフランス人選手、アントニー(サハラマラソンのレジェンド、クリスチャンの息子)から逃げるように給水もそこそこに走り去った。
Day 9-10:Mont Conner-Uluru 137km(後編)
さて、名残惜しいが、CP3(55km)を後にする。というか、まだ半分も来ていないってどゆこと?残り82kmって考えただけでクラクラするわ。これって、通常のステージレースのロングの距離じゃん……。
とにかく長い時間一人旅なので、いろんなことを考える。
さっき、びとーさんがリュートくんの心配をしていたので、ゴールに間に合うかどうか、頭の中で計算を始める。結論、心折れずにペースを維持できれば大丈夫じゃね?となった。
とにかく、こういうロングステージでは色んなことが頭に浮かんできては、思考し、そして結論的なものを出したら捨てるみたいな、思考100本ノックみたいなことをやっている。人生については今までもう100回くらいは考えてきてるからね。
と、背後から軽快なストックの音と共にやってきたのはルイーザだ。6日目に意識を失って倒れたけれども、その翌日からは普通にレース復帰していた。CP5でセバスチャン、イブ、パスカルたちと寛いでいたから、もうCP5でレースを終えたと思っていた。そう、一旦リタイアとなった選手たちは、以降は自分のペースで走りたいだけ走って止めるみたいなことを繰り返している。
一緒に記念撮影しましょとルイーザ。セルフィー撮影を終えると、スタスタと先に行ってしまった。すげえ、早歩きのペース。
そういう私は、やはり左足の脛の調子が良くなく、ペースは落ちていた。そこで、クロちゃんの言葉を借りると、悪魔との契約をした。そう、ロキソニン投入である。
もう長いことロキソニンを使うことはなかったのだが、これはやむを得ない。というか、もうレース自体はDNFなのに、137kmを無理して歩くことないんじゃないか?という葛藤もあった。これ以上、腱炎がひどくなったらどうするよ。
私の中で1つの結論が出ていた。このレースが終わったら、もう年内はステージレースの予定を入れない。流石にウズベキスタンから続く、キャンプ生活とドライフーズ生活には飽きた。
なので、行けるところまで行く……(つもりだ)
と、更に背後からやってきたのは、現在総合2位につけているアントニーだ。もはや走っておらず、早歩きで追いついてきた。
「いやー、マジで足が死んでしまったよー。」と言う。バックパックの脇にはコカコーラのボトルが刺さっている。しっかりCP3で休憩を取ってきたんだな。にしても、歩きも早いな、スタスタと抜き去ってしまった。
これはクロちゃんに何事も起きていなければ優勝だな、と確信した。
CP4(70km)地点についた頃には日が暮れてしまい、辺りは闇に包まれた。ヘッドライトの電池を入れ替えなければと、疲れていたこともあり、ガチャガチャ雑に触ってしまったせいで、電池の接触部を壊してしまった。
げっ!仕方がないので、予備のヘッドライトを使うことにする。これはレース直前に購入したものだから、充電式ということをすっかり忘れていた。
すぐにバッテリーがなくなってしまったので、虎の子のモバイルバッテリーを使って充電しながら歩みを進める。途中でバッテリー切れしたらどうしようと不安を抱えながら……。(結局、余裕でもバッテリー持ったけどね)
そんな不安を抱えながら歩いている中に、背後から私の名を呼ぶ優しい声がする。
イタリア人選手のジュゼッペだ。去年セネガルとケニアのレースで一緒になり、いつも私のことを色々と気にかけてくれていたナイスガイである。マックスといい、イタリア人はかっこいいなー!の代表格である。
あともう少しだから頑張れという励ましの言葉を胸に前進あるのみだわ。
暗闇の中、誰もいないとなるとやることはただ一つ。一人カラオケである。
マドンナをはじめとした80年代、90年代洋楽を発声練習兼ねて、めっちゃ声出して歌う。歌詞のわからない部分はハミングで誤魔化しながら、1人Spotify状態である。音痴なので、人に聞かれると恥ずかしいから、時々後ろを振り返る。
星空がめちゃくちゃ綺麗だ。南半球の星空をこんなにじっくり眺めたのはチリのアタカマ砂漠以来ではなかろうか。
CP5(86km)がそろそろ現れるはずなのに、全然見えない、気配がない。ガーミンはそのちょっと前にバッテリー切れしてしまい、単なるアクセサリーと化してしまったので、自分のペースも距離感も掴めない。
と、いきなり、カッ!!と車のヘッドライトの明かりがともる。
おおお、あそこがCP5ってことか!夜は冷え込むので、車の中で待機していたクリステルとセリーヌが現れた。いや、本当に、本当にお疲れ様です。こんな何もないところで、しかもランナーがコース上に散らばっているから、私が去ってしまったら、またしばらくは誰も来ないんだよね、、なのに、ほんとお疲れ様です。
そして次は、CP6(102km)地点だ。ここを超えると、私の中では未知のゾーンに入るのだが、ここでレースを止めようかと葛藤し始める。どうしよう、もう一度、悪魔との契約を結ぶか?80年代邦楽も交えて、深夜の一人カラオケで気を紛らわしているうちにCP6に着いた。
「きゃー、レナさん!」と聞き覚えのあるリコ氏の声がする。そして、「アレ!アレ!」と聞き覚えのあるリリアンの声もする。
ミキ、カメラマンのお姉さん(名前を失念)もいる大所帯のCPではないか。なんかみんな一斉に話し始めるんですけどw
「ここで止めます」とはとてもではないが、言い出しずらい雰囲気で、みんな明るく楽しく応援してくれる。
ちょっと頭がバカになったのか、ミキに残りは何キロか聞いた時に、その前のCP6で聞いた話と食い違っていて、あれ?ちょっと待て、計算おかしくね?と1人頭の中こんがらがったよね。
まあ、いいさ、とにかく先に進もう。
と、CP7(113km)地点までは真の地獄の始まりである。睡魔だ。猛烈な睡魔が襲ってくるのだ。
気がつけばふらふらと蛇行しているのが分かる。眠くて、眠くて仕方がない。
幸いにしてハイウェイの交通量はほほゼロでたまにやってくる大会車両だけだ。これ、結構危ないよなあ。
道路脇で15分くらい仮眠を取ろうか悩む。もう睡魔で思考回路が停止しているのか、仮眠を取ろうか悩んでいたはずが、ふらふらしながらも前進している。
そのまま、最後のチェックポイント、CP7(118km)を通過した。次第に夜明けが近づくにつれて、だんだん眠気がなくなってきた。
朝7時、スタートしてから26時間経過。
ゴール地点のエアーズロックが視界に入ってきた。が、めちゃくちゃ遠く感じるんだけど?
夜が明けると、舗装された道路の一本道が軽く絶望感を煽ってくるよねえ。そして、だんだんとキャンピングカーなどの交通量も増えてきた。
131km地点で道路を渡って、左折し、赤茶けた大地に入る。あと6kmで長い長いオーバーナイトステージが終わる。

と、前方に誰かの姿を捉えた。ルイーザだ。かなりペースが落ちている。
ルイーザを捉え、ここからは2人旅だ。彼女は癌サバイバーだ。ジョージアのレースの後、乳がんが発覚して、そこから闘病生活に入り、そして乗り越え、去年のゴビマーチに参加した。レース前に闘病生活を送っていた時の写真も見せてもらった。彼女は本当に強い、強い人だと思う。
この残り6kmがやたら長く感じたけれども、ルイーザと一緒に長旅の最後を締めくくり、手と手を取り合ってフィニッシュラインを一緒にくぐることができたことを光栄に思う。
いやあ、ほんと10日間のステージレースってやるもんじゃないよ!
2年後にリベンジしたいかと聞かれて、初めて速攻で 「NO!」 と言ったわ。同じ時を一緒に過ごした皆さん、本当にありがとうございました。


レース後
最終ランナー、リュートくんのフィニッシュをみんなで見届けた後は、記念撮影タイム、そして、いよいよ、文明社会への復帰である。
長かったー!キャンプ地に連行されて以来、12日間シャワーを浴びていないってのは私の中でも人生最長記録ですわ。
フィニッシュラインから車で数分のところの三つ星ホテルで下ろされた。
預け荷物を受け取り、部屋に入ると愕然とした。2段ベットが2つだけで何もない殺風景な部屋、なんか、監獄のようなんですけれども?え?え?
トイレ、シャワーは共同で、シャワールームに入るには暗証番号が必要だ。暗証番号はフロントデスクに聞きに行かないといけない。何をするにも敷地内を歩き回らなくてはいけない。普段の私なら、ここは気にするポイントではないんだが、、
悪魔と契約した後なんですよ。その代償がものすごいことになっているんですよ。せめて、部屋の中にトイレ・バスルームがついていて欲しかった😢
しかし、無理もない、エアーズロック周辺はリゾート化が更に進んでいたようだ。もう周辺ホテルの価格が尋常じゃないわ。
30年前に短い間ではあるが働いていた時のことを思い出そうにも、全然思い出せなくて、初めてきた場所みたいな感覚になっている。
翌朝、表彰式。エアーズロックを真正面にするナイスなビューポイントだ。

表彰式の様子を撮影してもらったが、ほんと、ボロボロやん、私。髪もボサボサだしさー。もうこういうの無頓着なんで。
なんだかんだで449km踏破していたようです。
表彰式の後はバーでクラフトビールタイム。つか、めちゃくちゃ高い。マジで円安の上にリゾート価格は勘弁してもらいたい。

レース、自分なりに頑張ったのに、なんか罰ゲームみたいになってる。
はぁ、、、やっぱ2年後のリベンジはないな。
振り返り
「敗者リーグ」に Day2 で転落し、関門アウト・カットオフを繰り返しながら、最終的に 449km踏破。完走扱いではないが、最終ステージ137kmを走り切ったことが何よりの収穫となった。
特筆すべき点:
- 「走った距離」で順位がつく独特の運営。関門アウト後も翌日以降のステージに復帰できる「敗者リーグ」制度があり、完走を断念しても10日間レースに残れる
- 山岳パートとフラットパートのギャップ。Day1〜2はハイキングコースを利用した山岳ステージで、大会マーキングがなく地図アプリ必携。それ以降は赤茶けたアウトバックを延々と歩く
- オーストラリア税関の食品規制が事前計画を大きく左右する。カレーめしのような加工食品でも没収されるケースあり
- アウトバックのハエがメンタルを削る。ハエネットは「推奨」ではなく実質「必携」
- 朝の冷え込みが想像以上。寝袋の快適温度+10℃くらいの余裕がほしい
- 最終日137kmのオーバーナイト は、睡魔・電池切れ・舗装路の単調さなど、これまでのステージレースとは別次元の試練
これから挑戦する人へ:
- 事前のロング練習 は必須。65km級を歩き切る脚力と時間管理がないと序盤の山岳パートで関門に引っかかる
- 食料計画はオーストラリア到着後に組み直す前提 で。フリーズドライはオリジナルパッケージのまま持参
- ハエネット、ゲーター、暖かい寝袋 を装備リストに追加
- 地図アプリ(ノーザンテリトリー)のオフラインダウンロード をレース前に必ず済ませる
- 完走を絶対目標にしない柔軟さ。「走った距離で勝負」のレース設計を活かして、無理せず最終日まで残る戦略がある
