出典:本レポートは note.com の Rena 氏(@rena_fr)執筆のマガジン「ウズベキスタン 2025」を、著者の許諾を得て転記しています。再利用時は必ず原典 URL と著者名を併記してください。
練習・準備
Footsteps of Alexander The Great って?
2024 年 5 月、Facebook をぼんやり眺めていたら、Global Limits が新しい開催地として「ウズベキスタン」を発表していた。
ウズベキスタンといえば、サマルカンド・ブハラといった古都に行ってみたいと前々から個人旅行で検討していた国だ。それがレースの形で訪れることができるとなれば話は別である。即エントリーだん。
エントリー画面を進めていくと、過去のステージレースで一緒だった猛者たちの名前が次々と並んでいた。「同窓会」状態。
主催者
スイスの Global Limits 主催。
- 運営: ステファン
- 奥さん: テレサ(こちらは選手として参加)
- コースディレクター: マリオ
Global Limits は他にバングラデシュ・カンボジア・アルバニア・ブータンなどでもステージレースを開催しており、全レース完走で「Heritage Runner」の称号 が与えられる(レーシング・ザ・プラネットの 4 Deserts Club 相当)。
エントリー代
2,700ユーロ(デポジット 900 + 残金 1,800)。
支払い方法は 銀行振込のみ。
レース概要
- 開催地: ウズベキスタン(サマルカンド集合/ブハラ解散)
- 距離: 230km
- 日程: 6 ステージ / 6 日間
- 累積標高: D+ 約 4,800m / D- 約 5,000m
- 競技形式: Supported(食料・寝袋など重い荷物は預け、当日必要なものだけ携行)
- 預け荷物制限: 10kg 以内
- ゴール地点: 紀元前 327/329 年にアレキサンダー大王によって築かれた、古代ヌラタの砂岩の要塞ヌール
スケジュール

- 4月26日(土) レース受付・装備/メディカルチェック・ロードブック配布
- 4月27日(日) キャンプ地移動(途中ランチ)・レースブリーフィング
- 4月28日(月) Stage 1: Sentob Valley 32.3km (D+ 1,790m)
- 4月29日(火) Stage 2: Mountain Lake 38km (D+ 830m)
- 4月30日(水) Stage 3: Mountain Village 41.2km (D+ 1,430m)
- 5月 1日(木) Stage 4(ロング): Valley 65km (D+ 50m)
- 5月 2日(金) Stage 5: Yurt Camp 38.7km (D+ 390m)
- 5月 3日(土) Stage 6: Farmland 18km (D+ 330m) /ホテルで表彰式&ディナー
- 5月 4日(日) 解散
キャンプ地のバリエーション
このレースのもう一つの楽しみは、毎晩キャンプ地が変わること。
ゲストハウス → 山の湖畔テント → 山村テント → 谷のテント → ユルトキャンプ → 農地のテント、と毎日違う「家」で眠ることになる。
装備
公式の必須装備リスト:

- バックパック
- 寝袋(夜間 5〜10℃ 想定の軽量タイプ)
- 各ステージで 2 リットル分を背負える水ボトル/ハイドレーション
- ヘッドライト+予備電池
- サバイバルブランケット
- ホイッスル、コンパス、ナイフ、ライター
- 応急処置キット
- 経口補水塩/電解質タブレット
- 携帯電話(充電維持)


特筆すべきは 預け荷物 10kg まで余裕がある こと。自給自足レースのようにジップロックに詰め替える必要はなく、カップ麺をパッケージのまま突っ込める。レトルト食品や缶詰も持ち込み可能だ。
装備チェックは厳格で、必須装備が 1 つでも欠ければ出場不可、抜き打ちチェックでタイムペナルティ・失格となる可能性もあるとのこと。
食事・補給
- レース受付からブリーフィング前日まで、ホテル・ロッジでの朝夕食は エントリー代に含まれる(ウェルカムディナー、キャンプ地までのバス移動中のランチも込み)
- レース中の朝夕食はキャンプ地で 大会側が用意 (ウズベキスタンの炊き込みご飯プロフが定番)
- 行動食・レース中の昼食は 選手が自前で用意
- ロング日(Day 4)など、コース上の村にお店があれば積極的に立ち寄って良い(むしろ主催者から「地元経済を回せ」と推奨される)
レースレポート
Day 0:ウズベキスタン到着 — 2025.4.21〜4.25
タシケント到着 (2025.4.21)
アシアナ航空でソウル経由、20 時半頃にタシケントに到着。空港到着エリアはイスラム圏の人々で大混雑していて、ホテルへ向かう運転手曰く「サウジアラビアの王族か有名人がやってくるんじゃないの」とのこと。
夜のタシケントの街並みは「中国っぽい派手さと賑やかさ」を漂わせていて、治安が悪いという印象はまったく受けなかった。
タシケント観光 1 日目 (2025.4.22)
早朝に散歩、カフェで朝食(約 800 円)。ホテルそばのタシケントシティを散策、開発エリアのモダンさに驚く。ナヴォイ劇場 へ。第二次世界大戦のソ連軍捕虜となった旧日本軍兵士が建設に携わった劇場だ。

サマルカンド行きの新幹線チケットは旅行会社の人がフロントに預けてくれていた。が、キリル文字表記で座席が分からず、WhatsApp で確認するというハプニング付き。夜は噴水ショー。
タシケント観光 2 日目 (2025.4.23)
ホテルから徒歩 15 分の Magic City へ(入場料無料)。

アミューズメントパーク風の入口に、サメの水槽、レギスタン広場の再現エリアなど。昼間は閑散としていたが、夜は噴水ショーで賑わっていた。
サマルカンド移動 (2025.4.24)
MyTaxi で鉄道駅へ。新幹線は「日本の新幹線ぽくもあり TGV ぽくもある」進行方向逆向きの席。車内食はインスタントコーヒー。約 3 時間でサマルカンド到着。

ここでトラブル発生。eSIM(Airalo)が電波を拾わず、配車アプリ Yandex Go は SMS 認証が必要で詰む。タクシー客引きと交渉して 600 円以内でホテルへ。
ホテルに着くと、主催者ステファン、奥さんのテレサ、コースディレクターのマリオが待ち構えていた。お久しぶりですー。
夜はレギスタン広場のライトアップとプロジェクションマッピング。レーシング・ザ・プラネット仲間と再会して晩餐。

サマルカンド観光 (2025.4.25)
朝食会場で去年のヨルダンのレース仲間と再会。日本人選手 K 氏とレギスタン広場の内部見学に出かける。モザイクに圧倒。

市場でスパイスと胡椒を購入。夜はステージレースの師匠クリス(ウェールズ人、ビール好き)とパブで合流。
明日はいよいよレース受付・ギアチェックだ。
Day 0:テクニカルチェック、キャンプ地移動 — 2025.4.26〜4.27
ホテルに続々と選手が集合してきた。セネガルのレースで一緒だったオランダ人カップル、ケニアの For Rangers Ultra で一緒だったメンバー……顔と名前は思い出せるんだけど、レースが思い出せない 人が続出して凹む。これは私の記憶力の問題ではなく、出すぎた弊害である(と言い聞かせる)。
テクニカルチェック (2025.4.26)
日本人選手 K 氏が出発直前にパスポートを紛失するという事件発生。タシケントの大使館で臨時パスポートを取る予定だったらしいが、後にレギスタン広場のツーリストポリスに届けられていたことが判明。良かった。

10:50 のチェック時間より早めに中庭の会場へ。必須装備チェックはリスト読み上げ式で、品物を見せれば OK。細かい確認はなし。預け荷物は 10kg 以下で重量計測。

メディカルチェックは医師記入の診断書を回収し、簡単な問診で終了。記念グッズ(帽子・バフ)、ゼッケン受け取り、記念撮影、追加宿泊費・電車チケットの精算で一連の流れが終わる。テキパキ流れ作業的だった。
ウェルカムディナー (2025.4.26)
夕方、屋上テラスでアペリティフ。サハラマラソンで一緒だったヴァレリーやキースとも再会。ヴァレリーはサハラではボランティアだったので、走るとは思わなかった。
中庭で大会主催のウェルカムディナー。ボランティア含めて参加者の 1/3 以上がどこかのレースで一緒だった人たち。

メインはケバブ、副菜はビュッフェ形式。

キャンプ地移動 (2025.4.27)
午前中チェックアウト、バス 2 台でキャンプ地へ向かう。サマルカンドから郊外へ出ると、ステップ草原が広がる。「チンギスハーンも西への移動に通ったかも」なんて妄想しながら、車窓を眺める。
途中、レストランで昼食(エントリー代に含まれる)。

キャンプ地はテントを覚悟していたのだが、実はロッジだった。シンガポールのアンジェラ・レベッカと同室になった。

夕食は現地スタッフが用意するウズベキスタンの炊き込みご飯 プロフ。
ブリーフィングでは衝撃の説明があった。制限時間は翌朝のスタート時間まで。骨折等での歩行困難以外、リタイア不可。
「めちゃくちゃだけど嫌いじゃない」というのが本音だ。

Day 1:Sentob Valley — 32.3km / D+ 1,790m / スタート 7:00 / 公式記録 07:50:30
ロッジで目覚めるレース初日。同室のレベッカの預け荷物が「10kg 以上絶対ある」ほど重そうで、思わずびっくり。彼女は今回がステージレース初参加だという。私だって何度出ても準備で四苦八苦なのに、初出場でこの装備量、頑張れ……。

7 時スタート。今日の最大の難所は中盤の登坂地獄である。
CP1(12.1km)までは順調。CP1 を過ぎてからが本番だ。延々と続くダラダラ登り。ビデオを撮りながらぼやき続け、しまいには嘆きが入る。
「人生最大重量級の体重」で登りが辛い、毎回レース前に『ちゃんと減量しなかった』と後悔するのが様式美になっている。

外国人観光客が普通来ない場所をレースで訪問できる。これがステージレースの最大の醍醐味だ。集落の様子、住居の素材、家畜……どれも興味深い。
途中、蛇との遭遇。
そして野生の馬。

「ここは頂上か?」と思ったらまだ登り続く、を何度繰り返したことか。

CP2(21.9km)からは下り基調。残り 10.4km で「このレース、もらったー」と心の中で 1 人完走宣言する。
残り 1km で湖の先にキャンプ地が見えた。
7 時間 50 分でフィニッシュ。「2 年前のルーマニアのレースの方がきついはずなのに、もう忘れてる」。レースは記憶を上書きしていく。
仲間が呼びかけてくれて両手を上げた写真。後日送ってもらえた。

「制限時間は翌日のスタート時間まで」なので、自分がギブアップしない限り DNF はない。これは精神的にとてもラクだ。

Day 2:Mountain Lake — 38km / D+ 830m / D- 1,650m / スタート 7:00 / 公式記録 07:19:03
昨日より 6km 長いが下り基調(D-1,650m)でほぼフラット気味。風が強く、暑くない最高の日。

7 時スタート。緩やかな下り基調を快調に歩く。
ブリーフィングで主催者のステファンが、こんなことを言っていた。「コース上の村にお店を見つけたら、そこで飲み食いして地元経済を回せ。」 Canal Aventure 主催レースと同じ方針だ。
500m 下って CP1(12.8km)。ここから村々を渡り歩くフェーズ。
ある村で女子学生の買い物袋を見て「お店が近くにある?」と尋ねたら、看板のない建物に案内された。中に入ってみると確かにお店だ。冷蔵庫には コーラ がある(セネガルではぬるかった経験あり)。しかも、キャンプ地で売られているコーラより安い。神!

イギリス在住ニュージーランド人のメル、レーシング・ザ・プラネット仲間のイギリス人ケンも合流。常連客と一緒に記念撮影。外国人が珍しい場所では、こちらも興味津々、向こうも興味津々。

早めにフィニッシュ。キャンプ地は学校の隣で、子どもたちが遠巻きに私たちを観察している。


Day 3:Mountain Village — 41.2km / D+ 1,430m / スタート 7:00 / 公式記録 07:21:50
山岳コースほぼ最終日。明日はロングステージで山を下って平坦コースに入る予定だ。

ブリーフィングでステファンが注意喚起。「コースマップの高低図は縮尺の関係でフラットに見えるけど、騙されるな。」
そして、こんなことも。「コース上の村人たちは外国人を生まれて初めて見る人ばかりだから、対応に気をつけて。」
7 時スタート。丘を登っては下り、登っては下りの繰り返し。

道中、面白いものを見つけた。フンコロガシが糞を転がしている絵面が完璧すぎて、思わずビデオを回す。
フンコロガシ(スカラベ・サクレ)はフランス語で「聖なる甲虫」と呼ばれ、古代エジプトでは太陽神信仰と結びつき、創造・復活・不死のシンボルだったとか。
ちなみに我が家には、もう一つ縁起の良い虫として「てんとう虫」がいる。虫嫌いの旦那もてんとう虫だけは例外なんだとか。フランスでも縁起が良いとされているらしい。

村を抜けると、延々と草原が続く。ビデオを回しながら「緑豊かなサハラ砂漠を歩いているような錯覚」と独り言。
距離は昨日より伸びたが、ほぼ同じ時間でゴール。初日のダラダラ登りに比べたら全然マシだ。
翌日はロングステージ 65km。覚悟を決める。

Day 4:Valley 65km / D+ 50m / スタート 6:00(1時間前倒し) / 公式記録 11:31:18
ロングステージ。獲得標高 50m、ほぼ完全フラット。

スタートは 1 時間前倒しの 6 時。涼しいうちにできるだけ進んでおきたい狙いだ。
「コース上にお店があるよ、壁にオレンジのスプレーで SHOP と書いてある」と大会スタッフからアドバイス。

9km 地点、変わり映えしない景色でぼやくビデオ。
CP2(26.3km)周辺は湖が近く、コース上を 陸亀 が次々横断していく。亀も縁起の良い動物だね。
29km 地点。風景は変わらないが、まだ元気。
CP3(36.4km)を抜けて、村が見えてきた。お店発見。壁の「SHOP」スプレーは間違いなく大会スタッフによるものだ。

中ではクリス師匠が既にくつろいでいた。私を見て「じゃ、またね」と先に出発する。先を行かせてくれないスタイル。
お店のおばさんは、外国人が続々やってきて「ホクホク」モード。コーラはキャンプ地価格まで上がってしまった(笑)。日本人 K さんも合流。
レース再開後、暑くなってきた。ヴァレリーがお腹を壊した状態で追いついてきて、唐突に「サハラのボランティア仲間ナタリーへのビデオレターを撮りたい」と言い出す。レース中とは思えないシュールな撮影会。
CP5(54.1km)でクリス師匠が 「今日のコース面白くない、つまんない、暑いし!」 と毒吐きモード。
ゴール手前 3km は長く感じた。途中、フラフラ歩く嘔吐中の選手にも声をかける。
ゴール後、晩御飯は プロフ+串刺し肉。最高。

ところがクリス師匠が 目から出血・あざ の状態で大会スタッフに介抱されていた。残り数キロのところで意識を失って倒れ、後ろにいた K さんが救援要請したのだという。「今日はやっぱ暑かったから」。
キャンプ地:ゲル(ユルト)
今日のキャンプ地は ゲル(ユルト)。5 名 1 組。最後にゴールしたので真ん中のベッドのみ空いていた。


ベッド・シャワー・WiFi・晩御飯付きで最高。これがロング日の翌日のご褒美だ。

Day 5:Yurt Camp — 38.7km / D+ 390m / スタート 7:00 / 公式記録 07:23:50
通常のステージレースだと、ロングステージの翌日は休息日となるのだが、Global Limits は普通に 39km 走らせる。スパルタ。

7 時スタート。昨日までのゲル生活と別れ、また普通のテント生活へ戻る。テントメイトのジュリアと一緒なのは嬉しい。

何もない大平原に解き放たれる。

村を何ヶ所か通過するが、今日はお店なし。それでも集落で暮らす人々や建物の様式、畑、家畜……つぶさに観察できるのがこのレースの良さだ。

村を抜けるといつもの単調な景色。「心頭滅却して心を無にしようとするが煩悩が」。
ステージレースに何度も出ていると、人生について考える時間が膨大に発生する。軽く 10 回以上は自分の人生を見つめ直していると思う。
ビデオ撮影担当のマイケルと遭遇。2022 年にレーシング・ザ・プラネット全レースを撮影し、ドキュメンタリーを海外コンテストに応募していた人だ(私もその作品に登場している)。
「このレースは俺もめちゃくちゃ歩かされてる」とマイケル。撮影する側も大変なんだな。
砂漠の中のオアシスのようなところがゴール。梅林の中にテント。
ゴールが見えてからが地味に長く感じた。
ジュリアが「今までで一番のテントメイトだった」と言ってくれて、なんだか嬉しい。
梅林の中には プール(実際は畑の貯水槽だが、冷たい水が流れ続けて気持ち良い)。

ステージレース初出場のレベッカ(シンガポール)が「初めてだったけど、良い結果が出せて満足」と笑顔。猛者たちは新鮮な反応のレベッカに毎回感想を求めて聞き入っている。
明日 18km でレースが終わる。

Day 6:Farmland — 18km / D+ 330m / スタート 5:50(アーリースタート組) / 公式記録 02:56:12
レース最終日。街中のゴールだ。
ブリーフィングでの注意事項
- 半ズボン(膝出し)・タンクトップ(肩出し)で走らない
- 墓地と遺跡の入り口を通過する時は走らない、絶対歩く
文化と歴史への敬意である。
スタート
ウェーブスタートで、Rena は 5:45 のアーリースタート組。実際は予定より 5 分遅れて 5:50 頃にスタート。
「今日は走っちゃおうかな」と走り始めたが、3km せずに歩き始めた(疲れる)。
朝の涼しい中、大草原を歩く。1 時間半後、レイトスタート組が次々と追いついてくる。
- ウォール街住人のアメリカ人ブライアン(先頭集団)
- ベルギー人カート、オーストリア人ヴァレンタイン
- ヴァレリー、エヴァとアーウィン夫妻、クリスティーナ、スタン、デビット夫妻、ロルフ、アッシュ……
ここまで一緒に過ごしてきた仲間たちが次々と私を追い抜いていく。
1 週間のことが走馬灯のように蘇る瞬間だった。
古代都市ヌラタへ
古代都市ヌラタの街中へ入る。墓地敷地内はランニング禁止、エリート選手たちも早歩きに切り替わる。歩きも速い!
ゴール地点の遺跡、砂岩の要塞 ヌール が見えてきた。

入口でヴァレンタインとクリスティンと記念撮影。
「あの岩山の頂上がフィニッシュ?」と一瞬絶望したが、フィニッシュラインは遺跡内の広場だった。良かった。
フィニッシュ
抜きつ抜かれつしていたアメリカ人選手リチャードと一緒に最後を目指す。彼とはゴビマーチでも争いを繰り広げた仲だ(過去に私が派手にすっ転んだエピソードを未だにイジられる)。

フィニッシュでは、バナーを飛び越える作法を遂行(撮影タイミング失敗だが取り直さず)。
クリス師匠は前日のドクターストップで Day 5 不出走、今日は出走 OK となった。「(私に)追いつけると思ったのに」と悔しがる。
完走して安堵。次はオーストラリアの 520km レースだ。みんなから「すごい、応援してる」の声をかけてもらう。
同じくオーストラリア出場予定だったアメリカ人選手は、レース中「やればできる!」と私を応援してくれていた。が、ある時から急にそれが止んだ。後で分かったのは、「オーストラリアは無理、DNS する。歩行も困難」とのこと。レース中に決断したのだろう。次のレースは過酷だぞ……。

振り返り
結果
- 総合タイム: 44:22:43
- 総合順位: 65 位 / 89 人中
- 完走
このレースの特徴
このレースを通じて感じた特筆すべき点:
- Supported 形式の快適さ。預け荷物 10kg 枠は重い装備をすべて飲み込んでくれる。カップ麺・レトルト食品・缶詰の持ち込み可能で、自給自足レースの食料計画ストレスがほぼゼロ
- 制限時間が翌朝のスタート時間までという、ありそうでなかなかないルール。骨折等で歩行不能でない限り原則 DNF にならず、自分のペースで完走を目指せる
- キャンプ地が毎晩変わる楽しさ。ゲストハウス・湖畔テント・山村テント・谷のテント・ユルト・農地のテントと毎日違う「家」で眠れる
- 辺境集落の村人との交流。外国人観光客が通常来ない場所をレースで訪問できるのが、このレース最大の醍醐味
- コース上のお店巡り。「地元経済を回せ」と主催者から推奨されるので、商店でコーラを飲んだり、村人と記念撮影をしたりがレースの一部に組み込まれている
- 古代遺跡をゴールに据えるストーリー性。紀元前327/329年にアレキサンダー大王によって築かれた砂岩要塞ヌールが最終日のフィニッシュラインという、歴史好きには堪らない設計
これから挑戦する人へ
- Supported 形式とはいえ、当日背負う水+行動食+必須装備はそれなりの重量。普段のステージレース装備で OK だが、ナイトラン用ヘッドライトと寝袋は予備電池・暖かさ重視で
- 朝晩の冷え込み。寝袋は夜間5〜10℃対応のものを選ぶこと
- 山岳パート(Day 1〜3)と平坦パート(Day 4〜6)のギャップ。特に Day 1 の登坂地獄が最大の山場。事前に登坂練習を積んでおくと精神的に楽
- ロングステージ Day 4 は65kmだがフラット。むしろ「変わらない景色との戦い」「暑さ」「コース上のお店誘惑」の3点が課題
- eSIM とのトラブルに注意。Yandex Go など現地配車アプリは SMS 認証が必要なので、現地 SIM や Wi-Fi ルーターのレンタルも検討を
- 集合場所のサマルカンド、解散場所のブハラ周辺の観光時間も確保すべし。レギスタン広場、ナヴォイ劇場、市場……走る以外のウズベキスタンも素晴らしい
ステージレース仲間との「同窓会」が嬉しいレースだった。次はオーストラリアの 520km へ。